アラフォーの希望☆
昨日の話しの続きになりますが、同じ世代の頑張っている人を見てると
やっぱ応援したくなるワケでして・・・
M・シューマッハ
ご存じない方は少ないでしょう。
F1ドライバー。
偉大なるチャンピオン。
彼の復帰を疑問視する声が多いのは事実です。
危険なドライバーと評する人、批判、非難・・・多々あります。
しかし、ですよ・・・
§ ドライバーズチャンピオン獲得回数 → 7回 (歴代1位)
§ 通算優勝回数 → 91回 (歴代1位)
§ 通算ポールポジション回数 → 68回 (歴代1位)
§ 通算ファステストラップ回数 → 76回 (歴代1位)
§ 通算ポール・トゥ・ウィン回数 → 40回 (歴代1位)
§ 通算表彰台獲得回数 → 154回 (歴代1位)
§ 通算入賞 → 190回 (歴代1位)
§ 通算獲得ポイント → 1441ポイント (歴代1位)
§ 通算決勝完走 → 197回 (歴代1位)
§ 通算リーダーラップ数 → 5096周 (歴代1位)
彼が偉大なるチャンピオンである事には、なんの疑いもないワケです。
強いがゆえ・・・
批判の矛先になる事もあるワケです。
かつてはあの、アイルトン・セナだってそうでした。
まぁ、全く同じ様には比較出来ませんけど。。。
先日のイギリスGPで、小林可夢偉とシューミが接触するシーンがありました。
結果、可夢偉はリタイア。。。
可夢偉のレース後の談話。
「今日は全体的にパフォーマンスが良かったのでこの結果には失望している。」
「シューマッハとのアクシデント?別にサイド・バイ・サイドになっていた訳でもないのに一方的にぶつけられたんだ。こちらから言うことは何もないよ。あの接触でマシンはダメージを負ってしまい、思うように走ることができなくなってしまった。最後はオイル漏れがあるとのピットからの指示でマシンを止めた。」
シューマッハ談話
「レースで初めてDRS(空気抵抗低減システム)を使った後、コーナーに差し掛かって止まりきれなかった。(DRSの)効果を過小評価していて、ブレーキングが悪かった。それが接触の原因だよ。」
あれは、単なる事故です。
シューミも自分の非を認めています。
レースでは常に起こりえるアクシデントの1つに過ぎません。
0.01秒を争うレース。プッシュする事が求められるシーン。
そんなハイレベルな戦いの中で起きたミス。
相手が可夢偉でなければ、こんな風に取り上げられる事もなかったでしょう。
放送中の某テレビ局の実況も、解説も・・・
レース後の日本のメディアも・・・
「可夢偉がリタイアしたのはシューミのせいだ!!」
「シューミには失望してばかりだ!!」
と・・・
正直、ちょっとガッカリでした。
数年前までは「ターミネータ」だの「赤の皇帝」だの、ワイワイ言ってたくせに。。。
特に、テレビの実況、解説のまくし立て方にはガッカリしました。
よーく分かりますけどね。ボクだって、可夢偉を応援してたし。
予選が良かったから、今シーズン一番期待して中継を見てましたから。
「おいおいーーー!!」って、声出ましたからw
けど、あれは単なる事故です。
今回の可夢偉には運がなかった。
「運」も実力のうち、なんてよく言いますが、ホント大事だと思います。
超一流な人達は「何か持ってる」んですよね。
可夢偉もこれから一戦一戦、正念場ですね。
F1のシート確保してる段階で、間違いなく「一流」なんで、
あとは「超一流」に飛躍出来るかどうか。
表彰台の頂点にあがる日本人選手。
ドライバーズチャンピオンを争う日本人選手。
見たくないですか?
見たいですよね!!
ボクの夢のひとつです。
ちなみに・・・
F1は昔から大好きで、観戦歴は20年以上になります。
フルでシーズン通して見始めたのは、1988年のシーズンからです。
マクラーレンホンダで、セナとプロストが勝ちまくっていた、あのシーズンです。
それから20数年・・・
それから20数年・・・
いろんなアクシデント、いろんなドラマがありました。。。
1988年~1990年は、特に面白かったなぁ。。。
1988年~1990年は、特に面白かったなぁ。。。
1989年 鈴鹿
1990年 鈴鹿
これ、生で観戦してました。
運命の1コーナーエンドで。
で・・・
1989年 エストリル(ポルトガル)
これなんて、キョーレツですよね(笑)
これ見たら、可夢偉とシューミのこの前の接触なんて・・・
ホントたいした事ないと思いませんか?
ホントたいした事ないと思いませんか?
(笑)
確かに、この前のシューミは良くなかった・・・
けど、これからも、可夢偉はもちろんですが、シューミも応援し続けます。
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